2023年6月13日(火) 「みのお遺産巡り(西コース)」

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ポスター


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ルート図


コース: 箕面駅~高橋邸~徳尾の巡礼地蔵~新稲古墳~こきんの墓~新稲愛宕社~道標~新稲庚申塔~洋館通り~阿比太神社~止々呂渕公園~瀬川神社~今井橋~弁慶の鏡水~本陣跡~牛まわしの塔~百楽荘住宅~牧落高札場跡~郷倉と力石~牧落八幡宮~光明寺~牧之荘の道標~箕面駅解散



<思い出>


梅雨空、曇天の中、平日の街歩き、はたしてお客様がこられるのか?の心配をよそに何と予測ピッタリの50名ものハイカーが参加してくれました。25名のガイド+1名(観光案内所Mさん)は張り切らざるを得ません。みのお遺産、盛り沢山の名所旧跡を次々と案内していきます。

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受付が始まると手際よく先着順に班編成をしていきます。10人ずつ、5班出来ました。


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班ごとに各リーダーが注意事項をお客様に説明します。それが終わるとさあ、出発です。


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徳尾の巡礼地蔵です。巡礼者の安全を守るお地蔵さんで箕面市内では最も古いといわれています。


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新稲の森を背景に、ここからは大阪市内が一望、里山の風景に思わず歓声が上がります。


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箕面に残る数少ない古墳の一つ、新稲古墳です。6世紀後半に作られた横穴式石室で渡来人、秦氏一族のものではないかといわれています。


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青山大学入り口の脇にあるお墓は新稲村を開いた吉田家一族の墓です。その吉田家に嫁いだ萱野三平の姉、こきんのお墓があります。三平はこきんに「姉様、とんとおさらばです」と、別れを告げに来た翌日、主君の月命日に自刃しました。享年28歳、48番目の赤穂浪士として知られています。


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新稲の愛宕社です。愛宕社は防火の神。京都の愛宕山から護符を受けて祀っているものです。愛宕社の脇には消防車庫と火の見櫓があり、その番をする散髪屋があるという、4点セットが多いそうですが、ここも以前、散髪屋と火の見櫓がありました。


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この辺りでは昔から庚申信仰が盛んで箕面市内にもたくさんの庚申塔がありますがここが一番古いといわれています。また庚申塔のすぐそばにあった大木は「新稲の一本杉」として民話でも有名です。


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大正11年、ここで日本初めての住宅博覧会が開かれたといわれています。その当時の建物が今も数戸残っており、内3戸は国の登録有形文化財になっています。この今戸家の急傾斜の屋根も避雷針も当時のままです。


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阿比太神社裏の公園に到着、早速お昼御飯です。お天気が良くなるにつれて気温もどんどん上昇、公園の日陰でホッとしたところです。


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昼食の後はサブリーダー、Tガイドの講話です。千年以上もの歴史を持つ阿比太神社、大みそかから元日にかけて参拝者の行列の多さにはびっくりします。それだけ地元の人たちの信仰が厚いということですね。
阿比太神社はまた半町村、桜村、新稲村の鳥居争いの民話で有名です。本日のリーダー、Aガイドがその民話を読み聞かせてくれました。皆さん真剣に聞き入っています。


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瀬川神社の正式名は天児屋根命(あめのこやねのみこと)神社(鳥居の神額の文字)、または春日神社。境内の井戸(龍ヶ井)から龍が天に昇ったとの伝説があり、最近では北摂のパワースポットとして人気。


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ここに半町本陣がありました。最初は瀬川にあった瀬川本陣は、その後新しくできた半町本陣と共同して、瀬川半町立会(共同)駅となりましたが、その後瀬川本陣は先に消滅しました。


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牛まわしの塔には大威徳明王と刻まれています。この明王は水牛に跨っていることから農耕牛の神とも考えられた。半町では牛が病気に罹らないように、また豊作を祈願して牛を連れてこの塔の周りを廻る風習がありました(7回)。当時は広く田畑があったと思われます。


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ここは西国街道と箕面街道の交差点で、幕府や領主のお触れを掲示する高札場がありました。今は二基の道標が残っています。大きい道標は、「大阪天神四り半、服部天神二り、刀根山御坊(常楽寺)十五丁」の文字が刻まれています。小さいほうは箕面道を示しています。「享保五年施主吉文字屋利兵ヱ」とあります。


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ここに年貢を上納するまで保管した郷倉(ごうぐら)がありました。また村の若者たちが鎮守の祭りなどで力比べをした力石が残っています。三斗(45kg)、四斗(60㎏)、五斗(75㎏)の丸い石ですがとても持ち上がりそうもありません。


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牧落八幡宮


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あとひと踏ん張り、箕面街道を駅に向かって歩きます。


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目の前に突然巨大な銀杏の木が現れ、びっくり。光明寺のチチイチョウです。幹と枝からたくさんの気根(乳柱)が垂れ下がり樹齢450年ともいわれています。
この光明寺が寺子屋として箕面小学校の前身であったことは有名で、本堂には今も当時の子供達の落書きが残っています。


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最後の目的地、駅前サンプラザ2号館の玄関前にある牧の荘の道標です。牧の荘とは、かってこの地方を治めていた青木氏の領地(平尾・西小路・牧落・桜)。この道標は、一筋南の四つ角に、灌漑用水の流れを分ける分水石として置かれていたものです。大きい石は牧の荘の標石でもあり、東 平安城 十里、北 箕山瀧 半里…などとあります。
小さい方は中山寺への道標です。


ということで皆さん、今日は大変お疲れ様でした。また機会があればご一緒しましょう。

(T.Aガイド記)

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